着付けの紐の重要性
着付の基礎、と言うところは、着付教室や指導者によって捉え方が違う部分があると思います。
今の一般的な着物の着方の歴史に基づいて、私なりに考える着付の基礎について、お話させて頂きたいと思います。
第二次世界大戦が終わり、昭和30年近くになますと、着付教室というものが盛んになっていきます。
この第二次世界大戦というのは、日本の文化を大きく変える出来事ともなりました。
特に着物に特化して申し上げますと、それまでの着付というのは、誰かに教わる事はなく、教わるとしても、母から娘に着せることで自然と伝えていたものでした。
日常に着物を着て生活していたのですから、当然でもあります。
ところが、戦争が激しくなると、いつでも逃げられるような格好が求められ、また着物や帯は没収されたり、あるいは、食べ物と交換せざるを得なくなりました。そういう時代を挟んで、戦後、やっと町の状況が落ち着き、着物を着ようとなった時に、着方がわからない人が増えていったと言われています。
そんな中で、戦時前には考えられなかった、「着付を教える場」というものが出来てきました。
それが着付教室や着付学院だったり、あるいは市田ひろみ氏は百貨店で実演をされたということです。
そして、昭和50年代頃からは、着付を習うことは、お茶やお花を習うことと同じような嗜みであり、花嫁修行の一環としても取り入れられるようになりました。
ところが、平成に入った頃から次第に変化が見られるようになりました。
平成になり、大きな変化が訪れたのは、Windows95の登場により、パソコンやインターネットというものが、一般庶民にも馴染みのあるものとなっていったのです。
それにより、インターネットで情報を集められるようになり、着付に関しても、習いに行かなくても、インターネットで学習ができるようになっていきました。
また、女性の働き方も変わり、結婚してからも正社員で働き続ける女性も増えました。
結婚をしない女性も増え、花嫁修行という言葉も、死語に近いものとなってしまいました。
女性が忙しくなり、わざわざ時間を割いて、着付を習いに行かなくなりました。
今では、YouTubeで着付に関する動画も沢山出ています。
さて、そんな歴史的な流れを踏まえた上で、着付の基礎について、いくつかお話をさせて頂きたいと思います。
着物というのは、ボタンやファスナーなどの類がついていないものです。
着やすくなるようにと工夫して、紐を着物や長襦袢に縫い付けている場合があると思いますがそれは例外として、基本的には何もついていない、ペラペラのものです。
その着物を身にまとった時に、はだけないようにと、帯で結びます。
これこそ、着物の服飾史を学びますと、室町時代までは、小袖と呼ばれる袖の短い着物に細い帯を結んでいましたが、それこそ細い帯は着物がはだけないようにするために登場したものです。
江戸時代以降、だんだんと帯の幅が広くなり、装飾性が加わりますが、基本的には【着物を結ぶ紐が帯】なのです。
今は、皆さま、帯結びが難しいとおっしゃいますが、帯の形を作ることも重要視されているからではありますが、多くの場合、帯が難しいとおっしゃる方を拝見しますと、形を作ることではなく、帯を身体にしっかりと巻くということができていらっしゃらないように思います。
表現を変えますと、帯がしっかり身体に巻きつけてさえいれば、帯の形は作るのはそれほど難しくはありません。
胴にしっかりと巻く、というのは、決して苦しいものではなく、身体が安定し、まるで腰にコルセットを巻いているかのように心地の良いものでもあります。ですから、ギュウギュウ苦しく感じるまで締める必要も一切ありません。
適度な締め加減を習得すれば、緩むこともなく、かつ、苦しいこともないのです。
そして、胴に巻いた帯が安定していれば、形を整える際にたとえやり直しても、帯が緩んだりする事はないのです。
胴にしっかりと帯が巻きつけられていないと、形を作ろうと意気込めば意気込むほど、帯がグズグズ崩れてしまいます。
着付けをするにあたり、帯だけで着物を止める事は今の着物ではほぼほぼ不可能ですので、腰紐やその他の着付け関わる小物類を使用します。
腰紐も、素材も正絹のものもあれば、ポリエステルやゴム、モスリンなど、さまざまですし、着付け教室や指導する先生によって、使う小物類の種類や数が違います。
私は現在、モスリンあるいは楊柳の絹の腰紐1本と、正絹博多織の伊達締めを1本ないし2本だけを、生徒さまにご用意いただいております。
最終的には、腰紐1本で着物を着ている状態になりますが、途中の過程で、正絹博多織の伊達締めを胸紐の代わりに使いますが、最終的には抜いてしまいます。
私も最初に着付を習った学校では、コーリンベルトのような金具がついている、シャーリングの入った伊達締めを使い、腰紐もゴムベルトでした。
それが楽だと信じていましたが、ある時、出かけた際に着物の裾がズルズルと落ちてくるのにびっくりしました。
そうです、ゴムも使用しているうちに伸びてもいましたが、ゴムを調整している金具が壊れてしまっていたのです。
そして、コーリンベルトも、ゴムの長さの調整に毎回悩んでいました。
そんな中で、笹島寿美先生の着付けに出会い、これらの小物を使わなくても着付けができるどころか、使わない方がうまく行くことと、紐使いの基礎を学びました。
正絹やモスリンなどの天然素材のものと、科学的なものでできたもの。後者は一見便利そうですが体への馴染みもあまりよくはなく、また天然素材で織って作った紐類に比べると、弱いことを体感しました。
紐使いに関しましては、不思議なことに、着付け教室に長く通っている方ほど、紐使いがきちんとできていなかったりします。
指でシワを取りながら結んだりするからです。
○○しながら…というながら仕事では指先に力はしっかりと入らないですから、紐を結んでいるつもりが、実はユルユルだったりします。
紐も、決して力いっぱいに結ばなくても締まります。
紐が締まる方向というものがあります。
着付けというのは、実に【生きる物理学】だと思います。
締まる方向と、締める為の距離。
ベクトル、つまり矢印が大きければ、沢山の力が必要ですが、紐を持つ距離が短ければ、少しの力でも締まります。
これがわかれば、新聞紙を紐で括るのも同じコツです。
そして、着付けで大切なのは着物を着る時に、まっすぐ正しく立つことです。
崩れた姿勢では、衿が左右対称にならなかったりします。
着物というのは、背中心を挟んで、左右対称に作られています。
人間の体は、やはり日々の生活で歪みも生じています。
左右の手の長さが違う、など、着物を着てこそわかることがありますが、可能な限り、まっすぐと立ち、着付をする際には下を極力向かずに、顔も前を向いていることです。
これを意識するだけでも、着姿が大きく変わります。
しかし、意外と難しく、必要もないのに下を向いたりしているのが人間なのです。
以上が、私が考える、着付をする上で大切な基礎だと考えておりますし、実際に私の着付け教室では、ここに重きをおくことで今まで着付で苦労された方ができるようになって喜んで帰られる姿を沢山見てきました。
着付けに関して、色々な考え方がある中ですから、どれが正しく、どれが間違っているとは一概に言えないですが、参考にしていただけたら幸いです。